2021年6月7日
6月に入りました。
梅雨の蒸し暑い日が続きますが、
皆様お変わりありませんか?
熱中症の季節です。
湿度の高い中での作業の際には、
水分補給をこまめに行ってください。
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さて今回は、
「虚血性腸炎(きょけつせいちょうえん)」
という病気についてご説明いたします。
あまり聞き慣れない病名かもしれません。
しかし毎日診療していると、
結構この病気で来院される方がおられます。
ではまず、どんな病気なのか、
病名から探ってまいりましょう。
「虚血」というのは血管が詰まるなどして、
臓器に血液が十分にいきわたらなくなることです。
心臓でいうと狭心症や心筋梗塞のことです。
皆様もこの病名はご存知だと思います。
心臓の場合は心筋に血液を供給する冠動脈が、
つまりかけたり痙攣したりして、
血流障害を起こすことで心筋が障害を受けます。
一時的に血液が不足し、
心筋が壊死に陥る前の状態を狭心症といい、
血管が完全に閉塞し心筋が壊死に陥る場合を
心筋梗塞といいます。
この狭心症と心筋梗塞を含めて、
虚血性心疾患といいます。
同じようなことが大腸で起こると、
虚血性腸炎になります。
ただし、虚血性心疾患と虚血性腸炎は、
起こる臓器が心臓と大腸という違いだけでなく、
病態そのものが異なります。
虚血性腸炎は虚血性心疾患ほど
重篤なものではありませんので、
ご安心頂ければと存じます。
まずは「虚血」という言葉のイメージを
ご説明させていただく際の例として
使わせていただきました。
虚血性腸炎は腸管につながる抹消の血管が、
閉塞したり攣縮(れんしゅく)したりして
起こるとされています。
また腸の方にも原因がある場合もあるそうで、
便秘、いきみ、下剤など腸管内圧の亢進や、
運動亢進による平滑筋の攣縮などがあるそうです。
しかし多くは原因不明です。
虚血性腸炎を発症する年齢は
60歳以上に多いとされますが、
実際にかかられる方で30代、40代も多く、
心臓で起こる虚血性心疾患とは、
発症年齢がやや異なります。
虚血性心疾患では、
割と血管の太いところが詰まるのに対し、
虚血性腸炎では先の方の細い血管で起こるようです。
心筋梗塞のように直接命にかかわることは
滅多にありません。
多くは一過性ですぐに改善します。
ではどの様な症状で発症するのでしょうか。
それは突然血管が詰まり腸が虚血に陥るので、
症状としては「突然」の「強い腹痛」です。
急性虫垂炎(俗にいう盲腸)であったり、
単におなかを壊したときにおこるような、
だんだん強くなってなっていくような痛みではなく、
とにかく瞬間的に起こる強い痛みです。
時に脂汗を伴ったり、
寝ているときにおこると痛みで目が覚めたり、
そんな強い痛みです。
起こっている範囲や虚血の程度にもよりますが、
腸管はその時血流が無くなり、
腸管壁では一番ダメージを受けやすい粘膜が、
一部壊死に陥ることもあります。
この時に腸管内に出血をします。
このまま血流が再開しなければ、
腸の壁全層ににわたり虚血が進行し、
その血流障害部の腸全体が壊死に陥ります。
しかし通常は血流障害は一過性で、
他の血管から供給される血液で、
完全な虚血に陥ることは滅多にありません。
完全に閉塞し血流再開が起こらなければ、
それは壊疽型という重篤な病態であり、
緊急手術の対象となります。
多くは手術などの大きな治療は必要なく、
点滴や内服で保存的に治療します。
大腸のどの部位でも起こる可能性はありますが、
85%は下降結腸からS状結腸を中心とした
左側腹部から下腹部の場所でおこります。
従って典型的な症状としては、
突然の強い腹痛、その後数回の排便(下痢)ののち
まとまった量の血便ということになります。
血便の前に下痢があるのは、
炎症が起きた際に出た腸液や残っている便が
一気に押し出されるからではないかと思います。
ということで、
突然の腹痛、下痢、のち血便を診たら、
「虚血性腸炎」を疑うわけです。
診察室ではその経過を聞くと
およそ診断をつけることができます。
腹痛と血便の患者さんが来られ、
左側腹部や下腹部を押さえた時に痛みがあれば、
より虚血性腸炎の可能性は高くなります。
診断するには大腸カメラと
腹部エコーやCTが有用とされています。
虚血部位の腸管のむくみが観察されます。
また血液検査では炎症の程度を調べ、
その後の治療の参考にします。
大腸カメラはいつ行うか、
タイミングが難しいです。
出血が続いている場合は、
他の疾患ではないかどうか、
出血源がどの様になっているかなどを見るために
緊急で行うこともあります。
来院時には出血は収まっていることが多く、
ある程度虚血性腸炎と診断できれば、
決して急いで行う必要はありません。
どうしても診断をつけたい場合は、
発症から1週間以内に行わないと、
軽症の場合は粘膜がきれいに再生し、
治ってしまうことがあります。
そうすると診断がつかなくなります。
逆に炎症の強い時期に行うと、
検査の痛みも伴うことより、
十分奥まで検査できないことがあります。
大腸カメラを行う一番の理由は、
別の重篤な病気と間違っていないか
確認するためと思います。
鑑別すべき病気としては。
大腸がん、感染性大腸炎、大腸憩室炎、
潰瘍性大腸炎、クローン病などです。
血便というのはそれだけで結構重症ですので、
症状が軽く簡単に治ったからといって、
検査をせず放置してはいけません。
どのタイミングでも結構ですので、
一度は大腸カメラを受けておきましょう。
治療は腸管の安静と補液、
抗生剤の投与などです。
腹膜炎を認め壊疽型が疑われる場合は、
緊急手術が必要なこともあり、
大きな病院にご紹介します。
出血や腹痛が続いている場合も、
絶食にてして腸管の安静が必要な場合があり、
病院にご紹介し入院を考慮してもらいます。
軽症の場合は食事を少し控えめにしてもらい、
抗生剤の内服と整腸剤で経過を見ます。
血液検査で炎症の状況を確認しながら、
しばらく通院いただき、
最終的に落ち着けば大腸カメラです。
ここで急性期の内視鏡画像をお示しします。
下降結腸からS上結腸にかけての虚血性腸炎、
発症から2日後に来院された時のものです。
写真の中に縦に走る赤い炎症が見て取れます。
虚血となり粘膜が障害を受け、
出血した後の治癒に向かっている状態です。
正常の粘膜が下のものですので、
全然違うのがわかると思います。
(正常の粘膜)
虚血性腸炎は比較的よく起こる割に、
余り存在を知られていない病気の一つと思います。
ご参考になれば幸いです。
吉岡医院 吉岡幹博