2013年1月18日
先日僕の大学時代の友人で、
東京のがんセンターで働いている耳鼻科医が、
facebookでこう言っていました。
「耳鼻科開業医の知り合いに頼まれて、
久しぶりにクリニックの外来診療をしたけれど、
世の中は癌以外に、
たくさんの病気があることに気づいた」、と。
何が言いたいのかと申しますと、
これは大きな病院、特に先端医療を担う施設と、
クリニックなどの仕事は、
同じ医師であっても全く別物であることを言っています。
私も開業したときは、
彼と同じような気持ちでした。
ただ、彼の場合は癌限定でしたが、
私の場合は消化器以外の病気がたくさんあることに、
気づかされました。
開業してからはひたすら勉強です。
総合病院と違い、どのような患者さんが来られても、
自分1人で診断し治療しなければなりません。
さらに開業してからは、
以前のように癌の患者さんの治療に当たることは
少なくなりました。
診療の軸足が、以前の消化器癌診療から、
一般内科に移ったこともあり、
以前の一生懸命取り組んでいた
消化器癌に対する仕事を忘れかけている、
今日この頃・・・。
先日1枚の年賀状を受け取りました。
「お世話になりました。
元気で過ごしております」
この2行だけでしたが、名前を見て思い出しました。
それは、以前の大阪の病院で、
私が担当した胃癌の患者様でした。
約5年前のことです。
とても助かる見込みの無いような(余命3ヶ月くらい)、
リンパ節転移、肝転移を伴うたちの悪い胃癌でしたが、
抗癌剤が劇的に効いたのです。
内視鏡上、CT上、癌は消えました。
一度は完全に消えたかと思われた癌ですが、
10ヵ月後、胃の中で再発しました。
そんなに簡単に行くわけないと思いつつ、残念でした。
通常は別の抗癌剤に替え、治療を続けるところです。
そのとき私は、別の抗癌剤がまたよく効くことなど、
宝くじが2回連続で当たるような確率で、
どっちにしても、治りきらないだろう、
それなら思い切って手術で切除しよう、と考えました。
反対される先生も多かったのですが、
何もせず癌にやられるくらいなら、
勝負に出てもいいのではないかと思いました。
賛同して下さった外科の副部長の先生と2人で、
胃切除術を行いました。
手術がうまくいかないと、栄養状態や体力が低下し、
がんが一気に増大することもあります。
手術から立ち直った直後に再発することもあります。
しかし、術後がんは再発することなく、
その後も抗癌剤を続けているところで、
私は開業のため、病院を退職しました。
・・・その方からの年賀状でした。
この年賀状は私に、
忘れかけていた何かを思い出させました。
私は開業して、癌の患者さんと
直接向き合う機会は少なくなりました。
現在の仕事が過去の自分と繋がらずにいたのです。
癌センターの友人が言うように
世の中には癌以外の病気がごまんと存在し、
患者さんも癌以外の数が圧倒的に多いのです。
そういう意味では開業医の仕事は、
先端医療を行なうのとはまるで異なる、地道な作業です。
ごまんとある病気を診断し、治療しなければなりません。
しかし私はいつも頭の片隅に、
癌という病気を思い浮かべているように思います。
それは過去の仕事から、無意識に考えているようです。
かかりつけ医である以上、
長く付き合っていく患者様もおられ、
その方の人生でいつかは患うかもしれない癌。
それを見逃すことなく早期発見することが、
かかりつけ医の重要な役割のひとつであることは、
想像に難くありません。
ごまんとある病気の中から、
癌と診断のついていない癌の患者さんを見つけ出すのは、
とても大切なことですが、時には困難です。
その中からいかに早期発見するか。
これが肝です。
今回いろいろ考えた結果、
現在の私ができる癌診療との重要な接点であることを
確認することができました。
さらにいうなれば、現在のところ、
癌の予後は最先端の医療に、必ずしも依存していないのです。
少しでも早く見つかること、それこそが大切なのです。
かかりつけ医が背負っている宿命かと思いますが、
私が治療している患者様に、定期的に血液検査をしたり、
エコーや内視鏡を勧めるのは、
このような漠然とした癌に対する恐れがあるためです。
かかりつけ医はけっして第一線ではありませんが、
たくさんの癌以外の病気を診断、治療しながらも、
癌を見落としてはならない、
そういう困難かつ重要な役割を担っていることを再認識しました。
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私はNHKの
「プロフェッショナル ~仕事の流儀~」
という番組が好きでよく見ます。
若干やらせっぽいところはありますが、
おおむね主人公となる専門家の、
優れた人間性を垣間見ることが出来、刺激を受けます。
テーマソングである、
スガシカオの「Progress」という曲もお気に入りです。
彼のハスキーでありながら透明感のある声は、
下積み時代を経て第一線で活躍するプロフェッショナルと
よく重なります。
私は開業医となって2年です。
ごまんとある病気を診断治療するには経験も十分でなく、
日々の努力を地道に続けていく必要があります。
『あと一歩だけ、前に進もう』
・・・この部分が、いいのです。